「してはいけない」は誰が決めたのか。禁止が広まる仕組みを歴史から見る
引越しや方位の禁忌は、誰がどんな立場で決めたものなのか。国の役所が担った時代、明治の禁止令、1979年の天中殺ブームまでを追い、禁止という形の言説がなぜ反証されにくく、広まりやすいのかを整理します。
先に結論
「この期間は引越してはいけない」「この方角は避けなければいけない」という決まりについて、誰か一人が意図して大衆を操るために作った、と示す史料はありません。そういう単純な話ではないようです。
ただし、次の2つは資料で確かめられます。
- 方位や日取りの吉凶を扱う仕事は、実際に権力の中にあった。律令国家では陰陽寮という役所の職務で、明治政府はそれを迷信として禁じた
- 禁忌は商品として大量に売られた実績がある。1979年の天中殺ブームでは関連書が2冊で300万部を超え、その年のベストセラー1位と2位を占めた
そして構造的な問題として、「してはいけない」という形の主張は、そもそも外れたことを確認しにくいという性質があります。誰の思惑かという話より、この性質のほうが広まり方をよく説明します。
「禁止」は外れない
まず仕組みの話から始めます。予測には2つの形があります。
| 形 | 例 | 外れたと分かるか |
|---|---|---|
| 起きると言う | 「今年、あなたは転職する」 | 分かる。起きなければ外れ |
| してはいけないと言う | 「この期間に引越してはいけない」 | 分かりにくい |
禁止を守った人には、何も起きません。これは「守ったから無事だった」の証拠にはなりませんが、そう受け取られます。守らなかった人に悪いことが起きれば「だから言った」になり、何も起きなければ話題になりません。
どちらに転んでも、禁止の側は傷つきません。当たり外れが記録されないまま残り続けます。
これは陰謀ではなく、命題の形の問題です。「するな」という主張は反証の手がかりを与えないため、検証の圧力を受けずに世代を越えます。歴史の長さが正しさの証拠にならないのは、このためです。
実際に外れが記録された例
例外的に、外れたことがはっきり記録された事例があります。1979年の天中殺ブームです。
Wikipedia の記述によれば、経緯はこうです。
- 1978年4月、和泉宗章が『算命占星学入門』を出版
- 1979年1月1日、深夜番組『11PM』に出演し、当時の読売ジャイアンツ・長嶋茂雄監督が日本一になれないと発言
- 同年6月の『天中殺入門』と合わせ、2冊で300万部以上。1979年のベストセラー1位と2位
- しかしこの予言は外れ、批判を受ける
- 和泉は占い師を廃業し、占いを否定する側に転じた(「占い告発」)
ここで注目したいのは、外れが確認できたのが「起きると言った」ほうの予言だけだという点です。天中殺の期間に何をしてはいけないかという禁止のほうは、この騒動の後も残りました。検証されたのは検証できる部分だけで、禁止の部分は無傷で生き延びています。
なお、天中殺という語自体は古い言葉ではありません。四柱推命などで空亡と呼ばれてきたものを、高尾義政が高尾流算命学を立てる際に言い換えたものです。詳しくは天中殺という言葉の来歴にまとめました。
「誰の思惑か」を、得た人で見る
意図を証明することはできませんが、誰がその決まりから利益を得たかは追えます。
| 時期 | 禁忌を扱っていた側 | 得ていたもの |
|---|---|---|
| 律令〜平安 | 陰陽寮・陰陽師 | 官職と俸禄。判断そのものが職務 |
| 江戸 | 方鑑家・暦の版元 | 暦や指南書の販売 |
| 明治以降 | 政府(禁じる側) | 近代化政策としての整理 |
| 1979年 | 出版社・テレビ | 300万部超の売上と視聴率 |
| 1980〜90年代 | 六星占術の関連書 | 累計1億部超と称される規模の出版 |
禁忌には、常にそれで生活している人がいました。これは告発ではありません。暦を作る技術や天文の観測は当時の高度な専門知で、対価が発生するのは自然です。
同時に、規模が大きくなるほど、内容の検証より部数の最大化に有利な方向へ流れることも見ておく必要があります。1979年に起きたのは、判定の精度が上がったことではなく、テレビと出版が結びついて発行部数が跳ねたことでした。
国が保証した時代と、国が禁じた時代
「昔から続いているから正しい」を弱める事実として、明治政府が一度これを禁じていることを挙げておきます。
陰陽寮は明治3年(1870年)に廃止され、天社禁止令によって、土御門家の免状で活動していた陰陽師は職業として存在できなくなりました。明治5年(1872年)の太陽暦採用で暦と天文の仕事も別の官庁に移り、陰陽師は職を失います。
同じ体系が、国家の制度だった時代と、国家に否定された時代の両方を通っています。どちらの時期も、判定の中身が実証されて変わったわけではありません。変わったのは、それを担う立場のほうでした。
では、禁忌をどう扱えばよいか
否定も肯定もせずに使う方法があります。禁止を、決定ではなく候補の並べ替えに使うことです。
- 禁止の出どころを一つ確かめる。どの体系のどの規則か。出どころが書けないものは、いったん脇に置く
- 守るコストを数える。時期を1か月ずらすだけなら安い。契約や仕事に影響するなら高い
- 高いコストを禁忌のためだけに払わない。転勤や期限つきの引越しは、そもそも本人の意思で動かせない
- 現実の条件を先に見る。家賃、災害リスク、契約条件、通勤、医療・教育、家族の合意。ここが崩れていれば方位は関係ありません
Cloud Palette が天中殺の扱いを5通りから選べるようにしているのは、この2番目と3番目のためです。厳格に禁止する立場も、弱く見積もる立場も、外す立場も選べます。引越し時期を分析すると物件を方位で探すで切り替えられます。設定ごとの違いは天中殺と吉方位は何が違うかに書きました。
サイトの側で「これが正しい」と決めないのは、決められる根拠がないからです。
まとめ
- 「してはいけない」という形の主張は、外れが記録されにくい。だから長く残る。長く残ったことは正しさの証拠にならない
- 一人の意図で作られたと示す史料はない。ただし禁忌を扱う側には常に職や商売があった
- 1979年のブームは、外れが記録された数少ない事例。それでも禁止の部分は残った
- 方位の吉凶は、国が担った時代も、国が禁じた時代もある。制度の位置は何度も変わっている
判断の材料は、信じる・信じないの二択より、出どころ・コスト・代替案の3つで見るほうが扱いやすくなります。
体系そのものの成り立ちは九星気学と方位はどこから来たのかに、統計的な裏づけの有無は方位に統計的な裏づけはあるのかにまとめています。
注記
九星気学・算命学・四柱推命は伝統的な占術上の考え方であり、効果が科学的に確認されたものではありません。Cloud Palette は計算条件を整理する道具で、将来の出来事を保証するものではありません。