家賃相場をどう出しているか — 91万件のデータと3つの分析
「◯◯市の家賃相場」は平均で出すと実態より高く見えます。全国91万件の募集データから、分布・ヘドニック回帰・掲載の生存分析の3つで相場を読む方法と、それぞれの数字が何を意味するかを実際の値で説明します。駅徒歩1分の重みは東京と広島で6倍違います。
先に結論
- 家賃の分布は右に大きく歪んでいます。全国の平均 81,991 円に対し、中央値は 66,000 円。平均で「相場」を語ると 2 万円以上高く見えます
- 相場を 1 つの数字で言うなら中央値、幅を示すなら四分位(p25〜p75)を使います
- 「この物件は割安か」は、広さ・築年・駅徒歩から理論家賃を出して、実際の家賃との差(残差)で測ります
- 駅徒歩 1 分の重みは地域で 6 倍違います。東京都で -2.05%/分、広島県で -0.34%/分。同じ「駅近」でも意味が違います
- 掲載がどれだけ残るかは生存分析で見ます。全国の中央値は69 日
以下、Cloud Palette が実際に回している処理をそのまま説明します。数字は 2026 年 8 月時点のもので、毎晩更新しています。
データの出どころ
全国の賃貸募集情報を毎晩巡回して取り込んでいます。集計に入る時点で91 万 3,184 行(2026 年 8 月時点、44 都道府県)。
集計の前に外れ値を落とします。
| 条件 | 理由 |
|---|---|
| 家賃 1 万円未満 | 入力ミスか、家賃以外の金額が入っている |
| 家賃 100 万円超 | 業務用・特殊物件で、住居の相場を歪める |
| 県の標本 500 行未満 | 回帰が暴れるので統計に載せない |
大事なのは、何を落としたかを書いておくことです。外れ値の処理は結果を大きく動かすので、条件を隠したまま「相場はこの数字です」と出すのは誠実ではありません。
1. 分布 — なぜ平均を使わないか
家賃の分布は右に長い裾を持ちます。安いほうには「1 万円未満は落とす」という床がありますが、高いほうには上限がありません。都心のタワーマンションが数十万円で並ぶので、平均だけが引っ張られます。
全国の実測はこうです。
| 家賃 | |
|---|---|
| p10(下位 1 割) | 39,000 円 |
| p25 | 50,000 円 |
| 中央値 | 66,000 円 |
| p75 | 90,000 円 |
| p90(上位 1 割) | 144,200 円 |
| 平均 | 81,991 円 |
平均が中央値より 24% 高い。歪度(skewness)は 4.33 で、正規分布なら 0 になる値です。この形で平均を「相場」と呼ぶと、実際に多くの人が払っている額より高い数字を示すことになります。
Cloud Palette がエリアの相場に中央値を使っているのはこのためです。幅を知りたいときは p25〜p75(真ん中の半分がこの間に入る)を見てください。
同じ理由で、面積あたりの単価も中央値で出しています。全国の ㎡ 単価の中央値は 1,882 円です。
2. ヘドニック回帰 — 「割安」を定義する
「この物件は割安か」を言うには、比較の基準が要ります。同じエリアの平均と比べても、広さも築年も駅からの距離も違うので意味がありません。
そこで、物件の条件から理論家賃を出します。使うのは 3 つだけです。
log(家賃) = 定数 + a × log(専有面積) + b × 築年数 + c × 駅徒歩分
家賃の対数を取るのは、上で見たとおり分布が歪んでいるからです。対数にすると係数を「◯% 変わる」と読めるようになります。
変数を 3 つに絞っているのは、募集情報から確実に取れるのがこの 3 つだからです。設備や階数、方角は欠けている行が多く、入れると標本が減ります。築年か駅徒歩が欠けている行は、モデルの推定からだけ外します(分布の集計には残します)。
実際の係数
主要 6 府県の実測値です。
| 都道府県 | 標本数 | 家賃中央値 | 決定係数 R² | 広さ +10% | 築 1 年 | 駅 +1 分 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 東京都 | 116,494 | 132,000 円 | 0.735 | +8.62% | -1.03% | -2.05% |
| 大阪府 | 109,954 | 79,500 円 | 0.716 | +7.35% | -1.30% | -1.79% |
| 愛知県 | 88,618 | 67,000 円 | 0.688 | +6.33% | -1.21% | -1.19% |
| 兵庫県 | 82,991 | 66,500 円 | 0.575 | +5.24% | -1.22% | -0.79% |
| 京都府 | 53,961 | 70,000 円 | 0.710 | +6.47% | -1.13% | -0.96% |
| 広島県 | 50,070 | 55,000 円 | 0.602 | +4.93% | -0.91% | -0.34% |
R² は 0.57〜0.74。たった 3 変数で家賃の変動の 6〜7 割を説明できます。逆に言えば 3 割は説明できていません。そこが次の「残差」の話につながります。
駅からの分数の重みは、地域で 6 倍違う
この表でいちばん目を引くのは駅徒歩の列です。
- 東京都 -2.05%/分 … 10 分歩くと家賃が 2 割下がる
- 広島県 -0.34%/分 … 10 分歩いても 3% しか下がらない
44 都道府県で見ると、沖縄県はプラス 0.03%/分、つまり駅からの距離が家賃にまったく効いていません。車社会では駅徒歩が価値になりません。
「駅近だから割高」「駅から遠いから割安」という感覚は、地域を変えると通用しません。全国一律の基準で割安度を語れないのは、この係数を見れば分かります。県ごとにモデルを分けているのはそのためです。
築年の効き方は -0.9〜-1.5%/年 と地域差が小さく、築年数はどこでも同じくらい効くという結果になっています。
残差 — ここが「割安度」
理論家賃を出したら、実際の家賃との差を見ます。
乖離率 = exp(実際の log家賃 − 理論の log家賃) − 1
これが -20% なら「同じ広さ・築年・駅距離の物件より 2 割安い」という意味です。プラスなら割高。
ただし、この差が何から来ているかをモデルは答えません。設備が良い、日当たりが悪い、事故物件、単に売れ残り。3 変数に入っていない全部がここに乗ります。だから残差は「掘る場所の地図」であって、結論ではありません。大きく外れている物件を見つけて、実際に理由を確かめる、という使い方をします。
3. 生存分析 — 掲載はどれだけ残るか
相場のもう一つの側面は動きの速さです。人気のエリアは掲載がすぐ消え、空きの多いエリアは長く残ります。
これを測るのに、掲載の「寿命」を集計しています。ただし単純な平均では測れません。いま載っている物件は、まだ消えていないだけで、寿命が分かっていないからです。この「まだ終わっていない観測」を正しく扱うのがカプラン・マイヤー法(生存分析)です。医学で薬の効果を測るときに使う手法と同じものです。
Cloud Palette では、
- 初回に見つけた日から最後に見た日までを掲載期間
- 7 日以上巡回で見かけていない行を「掲載終了」
- それ以外を「まだ載っている(打ち切り)」
として集計しています。都市部は毎日、地方も 3 日おきに巡回しているので、7 日見ないのはほぼ終了を意味します。
結果は中央値 69 日(n = 914,540)。募集開始から半分が消えるまで、およそ 2 か月半です。
これは近似であると書いておく必要があります。古い行を削除する処理があるため、消えた掲載を完全には観測できていません。7 日という線も運用上の判断です。
使うときの注意
3 つ、はっきりさせておきます。
1. これは募集賃料であって、成約賃料ではありません。実際にいくらで契約されたかは公開されません。募集価格から値引きされることもありますし、そもそも成約せずに取り下げられた物件も混ざります。
2. 同じ部屋が複数のサイトに載ります。重複を畳む処理を毎晩かけていますが、完全ではありません。畳みきれなかった重複は、その物件の重みを増やす方向に効きます。
3. データは日々入れ替わります。上の数字は 2026 年 8 月時点のものです。相場そのものというより、同じ方法で継続して測ったときの相対的な動きを見るのに向いています。
まとめ
| 知りたいこと | 使う道具 | 注意 |
|---|---|---|
| このエリアの相場は | 中央値と p25〜p75 | 平均は上に引っ張られる |
| この物件は割安か | ヘドニック回帰の残差 | 理由までは分からない。確かめる出発点 |
| このエリアは動きが速いか | 生存分析(中央値 69 日) | 打ち切りの扱いに近似が入っている |
引越し先を決めるとき、方位や時期と同じくらい、その数字がどう作られたかは判断材料になります。Cloud Palette の相場データは家賃市場の分析で見られます。